Death & Honey

死と蜜、儚く甘く気だるい魔法

”脱皮”

朝焼けが海沿いの道のアスファルトに作ったこのやせ細った影

頼りなく、危うく

 

冴えない色をした車たちが長い間隔をあけて車道を西へ東へ

どこまでも続いているように見え

 

いつだって引きずってるよ

昨日の続きを

去年の続きを

あの日の続きを

あの瞬間の続きを

いつだって心残りで

 

暑くって、うるさくって、耐えられなかったあの夏の通底音

日陰の野良猫よ

君もそうなの?

何を待っているの?

隠れているだけじゃあないんでしょう?

 

そして夜が来て朝が来て

 

病んでやせ細ってしまった己に問いかけてみる

君もそうなの?

何を待っているの?

隠れているだけじゃあないんでしょう?

 

朝焼けが海沿いの道のアスファルトに作ったこのやせ細った影

誰も何も答えてくれない

 

冴えない色をした車たちが長い間隔をあけて車道を西へ東へ

どこまでも続いているように見え

 

思考を止め

感情の茫洋さから離脱

優しく足を止め

静かに深呼吸をした

 

そうだ

隠れているだけじゃあない

と、一歩足を前へ

私の体重を受け止めた砂浜がゆっくりと沈み込んだ

 

 

 

 

 

 

”ある画家の証”

記録されていた

生きた証は

白いスケッチブックに鉛筆で

定着された黒鉛の線

その線の佇まいが放つ生命力の

ああ、なんともか細くも力強い放出

 

眩しいほどでもなく

暗くて見えないほどでもなく

しかし確実に「俺はここに居たんだぞ」と

何冊にも及ぶスケッチブックの1ページ1ページがそう言っている

 

主張と言えるほど傲慢でもなく

沈黙というほどかしこまったものでもなく

これが画家の存在そのもの、証

 

ページをめくるたびに息はつまり

呼吸するのを忘れ

瞬間瞬間、自分の定義を忘れ

生きていることを忘れ

 

もうこれ以上ページが更新されることはない

新しい絵が描かれることはない

そんな悲しみがそっと

寂しさがじわっと

一番最後の絵の次の、何も描かれていない白いページに現れて

やがて定着した

 

 

 

 

"生まれて一番の夏"

水を蹴って

寝袋

ジャズドラム

17の

生まれて一番の夏は

天の河を見つめながら

安いビールに手を出したりして

その苦さが喉に焼きつく

 

ねえ、「おいで」って言ってよ

すぐに飛んでくから

僕は君のお誘い待ちさ

 

白いウミネコの群れ

夏期講習の帰りのけだるい足取り

お話を終わらせたくなくて

ずっと

この夏中

 

「じゃあね」

「また明日」

 

ねえ、「行こう」って言ってよ

すぐに駆けつけるから

僕は君のお誘い待ちさ

 

17の

生まれて一番の夏は

改札出たところでずっとこのまま

お話を終わらせたくなくて

お話を終わらせたくなくて

 

ずっと

この夏中

 

 

 

 

”白い馬と走る”

白い馬の胴を撫でた

かたくも滑らかな毛

奥で筋肉や血管や心臓がうごめいている

そんな気配を感じる

生きているということはこんなにも不気味で、不思議なのか

 

私は鞍にまたがり

小一時間、コースを走った

(これはわたしがはしっているのとおなじ⋯)

そう、おなじことだ

 

頬で春の前触れの風を感じ

遠くの牧場にいる茶褐色の牛たちに目をやった

 

その先にはさらに段差がいくつもあって、どこまでもどこまでも濃淡さまざまな緑色した丘が続いている

はるか向こうには白んだ青い山々

馬が土や草を踏む振動を身体で感じながら

段々と、凛々しい気持ちになっていく

 

ここでは私は一人だ

この白い馬も含めて、一人なのだ

 

心の奥の蒼い、夕暮れ前の蒼い部分が

静かに静かに

満ちてゆき

深呼吸とともに

やがて解放される

 

「ありがとね、またね」

 

鞍から降りるとき、馬にそう話しかけて、その首元をゆっくり撫でた

私の中の空はもう日が暮れてしまったので、服を着替えて街へと下った

すっかり夜に染まった街の中でさえ、私はあの白い馬に乗っているのと

一緒に走っているのと同じなのだ

 

(部屋に連れて帰れたらいいのになあ⋯)

自分の狭い部屋を半分占領した白い馬の光景を想像して

少し愉快になって頬が緩んだ