Death & Honey

死と蜜、儚く甘く気だるい魔法

”白い馬と走る”

白い馬の胴を撫でた

かたくも滑らかな毛

奥で筋肉や血管や心臓がうごめいている

そんな気配を感じる

生きているということはこんなにも不気味で、不思議なのか

 

私は鞍にまたがり

小一時間、コースを走った

(これはわたしがはしっているのとおなじ⋯)

そう、おなじことだ

 

頬で春の前触れの風を感じ

遠くの牧場にいる茶褐色の牛たちに目をやった

 

その先にはさらに段差がいくつもあって、どこまでもどこまでも濃淡さまざまな緑色した丘が続いている

はるか向こうには白んだ青い山々

馬が土や草を踏む振動を身体で感じながら

段々と、凛々しい気持ちになっていく

 

ここでは私は一人だ

この白い馬も含めて、一人なのだ

 

心の奥の蒼い、夕暮れ前の蒼い部分が

静かに静かに

満ちてゆき

深呼吸とともに

やがて解放される

 

「ありがとね、またね」

 

鞍から降りるとき、馬にそう話しかけて、その首元をゆっくり撫でた

私の中の空はもう日が暮れてしまったので、服を着替えて街へと下った

すっかり夜に染まった街の中でさえ、私はあの白い馬に乗っているのと

一緒に走っているのと同じなのだ

 

(部屋に連れて帰れたらいいのになあ⋯)

自分の狭い部屋を半分占領した白い馬の光景を想像して

少し愉快になって頬が緩んだ

 

 

 

 

 

”今夜は構わない”

傷つきやすいので

守ってください

言えたらなあ

 

ときどき、一番奥の自分が顔を出すよ

一番奥の一番傷つきやすい自分

ときどき、ピキピキ、冬の夜風にさらされたりして

 

そんな時は踊ることにしている

一緒に踊りましょう

コンビニで素敵っぽいお酒を買ったりして

 

今夜は汚れても構わないよ

 

 

 

“交差点”

白と黒のストライプが

交わって

それぞれの方向へ

 

何かを指し示しているようで

実はとてもおおまかでしかない信号たち

 

ぬめぬめと

ひとひとと

まとわりついて

離れない

淡い陰謀のような

この世界で生きていくためのルール

 

気持ちいいのか

気持ち悪いのか

その両方かもしれない

 

摂理と法則を受け入れて

すいすいと歩いていく

交差点の人混みの中で君を見つけたけれど

なんだか声をかけられなかった

 

お互い大変だね

そう思っただけ

どっちが優れているとか劣っているとか

勝っているとか負けているとか

決めたくなかった

決められたくなかった

 

交差点の中で

そんな私は異物だった

やはり接触して

欠けて

摩耗して

丸くなる

 

ちかちかと光って

消えていく

 

 

 

 

”おやすみの断片”

威張り散らした天上のパイプオルガン

気まぐれなシャボン玉の生命

どうやったって返ってこない手紙の返事

誰も乗せていないのに回り続けるメリーゴーランド

 

そんな景色

もう忘れてしまったよ

こうやって思い出のように話しかけているけれど

戻らないものがあまりにも多すぎる

この心の中にだけはとどめておけないかしら

 

とスケッチブックに殴り描きをした

静かな断片

静寂を一つ、そっと布団の中に忍び込ませよう

 

 

 

”優しさについて”

優しさについては書けない

包まれて初めて気づくもの

生まれて初めてわかるものについては

 

真冬の誠実な毛布や

春の青黒く遠い海原や

くたびれて黄ばんだ絵本の中にあるような

優しさについては

到底書けっこない

 

今日生まれた

今日死んだ

灰になった

嘘みたいだった

どこへ行った?

どこへ?

 

触れて初めて気づくもの

抱きしめて初めて気づくもの

さびしくなって初めて気づくもの

 

 

 

 

”あまのじゃくブラックホール”

朝はいつもまぶしいけれど、

目が開けられない

日付が変わる頃、

私はやっと覚醒する

 

毎日同じ友人と会い、

同じ宿題をして、

同じ海の中

私の背中にはフジツボが生え始めた

 

☆なんだかなぁ

 途方に暮れる

 左胸に

 ぽっかり開いた

 ブラックホール

 気づいてるけど

 塞ぐ気もしない

 

 

無気力、無関心、無感動はいけないと

先生は言ってた

私の頭にも今は"無"がついている

 

うだうだと不平不満

聞いてくれる穴を

裏庭に掘ったよ

家に帰ってきたら一晩中その穴の前にいる

 

☆なんだかなぁ

 途方に暮れる

 左胸に

 ぽっかり開いた

 ブラックホール

 気づいてるけど

 塞ぐ気もしない

 

(☆を500回繰り返す)